関ヶ原メナードランド

東海道本線関ヶ原駅から歩くこと約50分、
まずたどり着いたのは、スケートセンター。
その向かいには駐車場があります。
駐車場の規模の割には小さい料金所ですね。
建物を見てみます。
壁には、遊戯施設が絵で描かれています。
窓から少し中が見えていますが、荒れていない
でしょうか。
隣の建物の壁には、施設全体のマップがあります。
道路から見る限りでは、遊戯施設が残っているよう
には見えませんでしたが。
こちらの建物の壁にも絵が描かれています。
何故か人ではなく動物が描かれています。
この遊園地には、何かキャラクターがいたのでしょうか。
入場券売り場の壁に一時休園のお知らせ。
一時休園というが、2000年/平成12年からなので、
既に9年も経っています。
果たしていつまで休園なのでしょうか。
スケートセンターから更に歩いて遊園地エリアへ
やってきました。
当時この付近から撮影された写真を見ると、左手
の方にジェットコースターや大観覧車が写っている
のですが、何も見当たりません。
遊戯施設が掲載された看板が残っていました。
数はそれなりにあったみたいです。
果たして、形を確認できる遊戯施設はいくつある
でしょうか。
入口の左側にも、先程の入場券売り場の壁に貼って
あったものと同じ内容の看板がありました。
果たして「21世紀にふさわしい新規事業展開」が
出来る日は来るのか。
更に左側には、入場料金の看板もありました。
幼児600円は見えますが、小人と大人の料金は
見えません。いくらなのでしょうか。
入場券売り場です。
何故か窓にセコムのシールが。
近づくと危ないので、ズームで撮影。
まあ、本当にセキュリティが生きているのか疑問
なところではありますが。
あの門の後ろには「ありがとうございました」の文字が。
休園状態であの言葉を見ると、少し寂しくなります。
本来なら、入場券売り場横の階段を登っていくのです
が、下草に覆われて無理っぽいのでこの坂を登ってい
きます。
遊園地エリアにやってきました。
しかし、遊戯施設は殆ど見当たりません。
いかにも遊戯施設を撤去した跡の地面。
基礎さえも残っていないこの場所には何の遊戯
施設があったのでしょうか。
雑草が伸びつつある場所に残る鉄骨。
しかし、これだけでは何の跡なのか分からない。
奥にあった建物までやってきた。
シャッターが閉められている為、何があったのか
よく分からない。
バッテリーカーを走らせることが出来るようなスペース
が残っていたが、車両は無かった。
更に、建物の前には、大観覧車と書かれた看板が
転がっていた。
私は、観覧車が好きなタイプの人間、こうゆうものを
見たからには、そこへ行かなくては。
大観覧車があった場所を目指しますが、その前に
ローラーコースターという遊戯施設があった場所を
通ることになります。
点々と存在する基礎が、コースターを支えていた柱
の跡を示しています。
この場所が、大観覧車のあった場所です。
何も残っていません。
ここの大観覧車は50mの高さがあったと聞いている
ので、存在していれば、ここからはもちろん、沿線の
道路から見えるはずです。
ここに来たときはおろか、ここに向かってくる道路か
らも見えてないことを既に確認していたので、ここへ
来ても見られるわけがありませんね。
そのまま道を進んで緩やかな坂を下りていくと、なんと
大観覧車登り口の看板が残っていました。
道は右手に伸びていますが、左手は雑草が生い茂って
います。
このまま放置され続ければれば、ジャングルのように
なるかもしれません。
風車小屋型の受付所です。
ここの遊具は、メリーゴーランドのようでした。
そしてもう1つ、今回、ここへやってきた理由、
そうです、この風車に出会う為に
私は関ヶ原メナードランドにやってきたのです。
メリーゴーランドも既に存在せず、その場所は雑草に
覆われています。
迷路の看板です。
雑草が生い茂ってどこが迷路なのかよく分かりません。
といいますか、雑草のせいで既に遊園地エリア全体が
迷路のようになってしまっている気がするのですが。
またも鉄骨だけのオブジェです。
これだけでは、これが何なのか分かりません。
こちらは、ジェットコースターの乗り場跡です。
乗り場の基礎がありますが、レールや乗り物は
撤去されてしまい残っていません。
こちらは弁慶号豆汽車の跡です。
雑草が生い茂って、見事に廃線になっています。
「廃墟の中の廃線」、いいですね。
こちらは、ゴーカートの跡です。
コースに水が溜まって半ば池のようになっています。
走行する車類はありませんでした。
まるでペンションにようにも見えるこの建物。
これは何の建物なのでしょうか。
どうやらここはレストランみたいです。
以外にもメニュー表が残っていました。
「メナード」というと、化粧品をイメージしてしまいます
が、この施設にはそういったものは見当たりません。
レストランの目の前には、大きな像が横たわっています。
こちらは回転ボートの跡。
池が残っていますが、ボートはありません。
回転装置とボートを繋いでいたであろうアームが池に
つかっています。
ちなみに、横たわった像は、この回転ボートの回転装
置に付いていたものみたいです。
隣には、もう1つレストランがありました。
展望食堂とありますが、建物の規模からして展望は
あまりよくなさそうですが。
遊園地エリアから、遠く伊吹山を眺めてみます。
あの山にはドライブウェイも通っているそうで、山頂
からの眺めはよさそうです。
また、大観覧車に乗れば伊吹山をもっとよくを眺めら
れたことでしょう。
遊園地エリアに別れを告げ、スケートリンクの方へ下りて
いきます。
広大な屋外スケートリンクが広がっています。
現在スケートは出来ませんが、まれにイベント
なんかでここを貸し出すことがあるようです。
まっすぐ歩いていきます。
この道路はスケート場の関係者用だったのでしょうか。
なんだか工場の中に入ったみたいです。
足音が異常に響き渡ります。
ここは、スケート靴の貸し出しを行っていた場所です。
このシャッターの向こうには、スケート靴が眠っている
のでしょうか。
無事道路に出られました。これで探索は終わりです。
再び道路を手前に歩いて関ヶ原駅へ戻ります。
さようなら、関ヶ原メナードランド。

なお、途中、合戦が行われた痕跡がある場所をいくつ
か巡っていきました。


関ヶ原メナードランドは、岐阜県不破郡関ヶ原町にかつて存在した遊園地である。1972年/昭和47年にオープン。施設は、化粧品製造販売業メナードの子会社「メナード関ヶ原ランド」によって運営されていた。この遊園地ならではのキャラクターも存在し、また、周辺が豊かな自然に囲まれていることから、自然の中で遊べる遊園地として、周辺地域でCM放送が活発に行われていた。しかし、1990年代に入ると、近辺に同種の遊園地が進出するようになって客足が減少。2000年/平成12年には、「施設のあり方を抜本的に見直し、21世紀にふさわしい施設に造りかえる」として、一時休園となる。2002年/平成14年の再オープンを目指したが、ユニバーサルスタジオジャパンという大型施設が誕生したことなどを契機に挫折したようで未だに再開はされていない。休園後、遊戯施設は順次解体撤去が進められたようで、現在では残痕は殆ど見られない。スケート場の方は、イベント等で貸し出されることがあるようだ。果たして、21世紀にふさわしい新規事業展開が叶う日は来るのだろうか。それとも、このまま自然に還っていくのだろうか。どうなることやらという感じである。